2016年6月26日日曜日

先生と呼ばれる自分に自信を持つこと、サービスの質に自信を持って対価をいただくこと

宮崎県の奧地、椎葉村を訪れました。
写真は、鶴富屋敷にて。
仕事柄、先生と呼ばれることが多いですが、相手との距離が遠くなるので、先生はやめてほしいとお願いして、小木さん、こぎちゃんでお願いしますと言います。
これって、親しみを持っていただけますが、「先生としての自信がないから、そう逃げてるとも言える。だから自信を持って先生と言われてみろ。そう思える行動をしてみたら」と指摘を受けました。
なよっている自分には、響いた。

同じことは、仕事でお金を請求するときにも言えて、安くして、サービスの質を下げる言い訳にしていないかと、問いたい。

高い額を自信を持って請求して、お客さんは、最初高いと思ったけど、結果的に、得た効果が大きいので安い買い物だったよ、そんなふうにいわれるように、料金を受け取る方は、その高めの額に見合うように、その人への仕事に努力することも、大切ですね。
自分がサボるために、人との距離を縮めたり、対価の価値を下げてしまっていないだろうか。それをしない自身のあり方を持たねば。

2016年6月5日日曜日

アクティブでないと、一流にはなれない

北山ざくら(佐賀の北山ダム近郊でできる胡蝶蘭。
真ん中の紫桃色が特徴的)佐賀の親戚が愛情込めて作られています。
スマホばっかり気にして。
スマホのために生きているわけじゃないよね?
人はそこにいるよ。

仕事ばっかり気にして。
仕事のために生きているわけじゃないよね?
君の生き甲斐は、そこにいるよ。

他人ばっかり気にして。
他人のために生きているわけじゃないよね?
あなたは、選択する自由があるよ。

お金ばっかり気にして。
お金のために生きているわけじゃないよね?
あなたは世界の人から見ればどれだけ、裕福か。

リスクばっかり気にして。
リスクの回避のために生きているわけじゃないよね?
どれだけセーフティネット張れば、前に進むのか。

気にするという受け身の思考はやめて、それをまだ想うならば、自分からの、能動的な意志、に切り替えよう。

だって、人は、自らの意志のためだけに生きて、活きて、いるのだから。


僕は、いい人間になりたいと思って生きてきました。

それをやめようと思って、新たに、人に影響を与える人間になる、を目指していきたいと思います。

先日、タイトルにあるように、

「自分自身が、他人に大きく影響を与えられるぐらいアクティブでなくては、一流の人にはなれないよ。その行為が正しいとか悪だとか関係ないからね。君は、正しいと確信できる、後悔しないと思える行動を多くとる傾向があり、その考え方こそが正しいと思い込んでいるのではないか?その考え方の欠点は、行動せずに、時期を過ぎる場合があるよね。」

と言われて、結構、考えちゃいました。

いまでもそれなりにアクティブかもしれませんが、まだまだ、やれることがあると自分でも感じているから、自分の考え方を変えれれば、もっと、面白いことが実現できるかも?と思っています。
さらに、アクティブになって、気持ちいい自分を目指したい。

2016年5月1日日曜日

今より優れたいというのは人間の基本的な欲求



何で、自分って、こんなに「成長」にこだわるのかな?

必ずしも成長できているわけではない(むしろ、ほとんどできてない・・)ですが、とにかく成長したいと思ってしまう・・。必ずしも、そのための努力が適切にできているわけでもないのですが、とにかく、自分自身が何か目的に向かって変化していないと、気が済まない・・・。

自分と同じように、成長にこだわる他人がいると、妙に盛り上がってしまって、お互い、成長したい話で盛り上がる・・。


「今より優れたいという気持ちは、人間の基本的な欲求」と、アドラーが言っています。

人は、無垢な赤ん坊で生まれてきて、大きな自然や社会を知れば、もっと自分が大きくなりたいと思うのは自然な考え方、ということです。これは、安心しました。僕だけが成長を求めているわけではなく、人間が根源的にもつ欲望のようです。

アドラーはもっと言います。

「しかし、あなたが思っているほど、誰もあなたに期待していません。

だから、無理に自分を大きく見せようとしなくてよい。

無理に大きく見せなくても、あなたは、そのままで大きな人間である。

他者と比べることなく、ただ、あなたが、前に一歩進めばよい」

自分って、自分に期待します。でも、これがいい意味での背伸びにもなると思いますが、変にこの無理に自分を大きく見せる・・・という点で、会社の組織や家族などに迷惑をかけてしまうこともありますね・・。気をつけねば・・。

さらに、

「優れた人は、他のすべての人を豊かにするという傾向を見せる人。他の人も利するような傾向を見せる人。」

これだ!これを目指したい!社長でも政治家でも、リーダーはこうあるべきです。

少しづつこれに向かって、努力せねばです。

2016年2月23日火曜日

Just the way you are

学校で一番好きな科目は、図工でした。

ダントツで好きでした。

画用紙や色紙を切って工作をするのが大好きで、家に牛乳の箱や、石鹸の箱などをハサミで切り取り、家、自動車や電車などを作っていました。豆電球を付けて光らせてみたり、モータで駆動させたり・・


でも、実は、手先が器用な方ではなかったので、出来た作品は、創造的ではあるかもしれないけど、繊細だったり、精緻なものではなく、大らかで大雑把。
でも、ダイナミックとも言えるようなものが多かったように思います。

小学校一年生の時に、牛の絵を描きました。
牛の顔は、若干、人の顔のようで、ちょっと幼稚っぽいともいえましたが、金賞をいただき、嬉しかったです。

同じく金賞をとった作品のうち、理科が得意な友人の絵は、牛の鼻の形や目が正確で、
人の顔が牛になったものではなく、誰が見ても牛とわかる絵でした。

僕は、このときに、あ!金賞もらっているけど、自分てあまり絵を描くのがうまくないのかも・・と思い始めました。

小学校3年生の時に描いた絵が賞をいただき、絵がオーストラリアに渡った経験がありました。大変、嬉しかったです。

しかし、5年生のときです。学校の近くの川を写生する授業で、僕は、どうしても、川の前にあるたくさんの草の描写ができませんでした。
なぜなら、草を一本、一本、描かなくては表現ができなからです。
僕は細かい描写ができないので、困ったのですが、結局、塗りつぶしつつ、大雑把に太めのラインで草を表現するのみで、細かな一本一本の表現は出来ませんでした。

友人の絵は、違いました。

草を一本一本表現しているのです。僕は、負けたと思いました。
僕にないのは、技術ではなく、手先が器用ではないという理由で、努力を投げ出している自分がダメだなと思いました。

それ以来、自分は、絵はあまりうまくない(努力できない)と思うようになり、今ではまったく描かなくなりました。

しかし、今思うと、あなたは、あなたのままでいいよ、と声をかけてあげたい。
牛の顔が人間みたいでも、それが自分の表現なら、よいではないか。絵の評価は、描写が正確なことのみではない・・。
そんなことを、小学生の自分に伝えたいです。

あなたは、あなたのままでいいんです。

また、絵を描いてみようかな。



2016年2月16日火曜日

子供の創造力は自然とともに育ててこそ、将来、社会をかえられる大人に育つ、は本当では!?

2月の青島 宮崎の最高のシーズンの一つです

九州に来て出会った友人の中には、鹿児島などの離島(青島は離島ではないです・・。)にいた人達がいます。

彼ら彼女らが言うに、子供の頃、全く遊ぶおもちゃがなく、自然が友達だった・・。
今日は、海辺のカニと遊ぼうか、木の棒で何して遊ぼうか・・。

一方、僕は都会育ちなので、プラモデルや、ダイヤブロック、ファミコンで育ちました。
近くの模型屋に行くのが日課で、ガンプラが大好き・・。

僕にとっては、勿論良い子供時代の想い出ですが、ちょっと、悔しい指摘をされました・・。

「子供の頃から、なにもないところから考えて、地球というか山とか海とかの自然と遊んでいたから、今も、社会が作った範囲を越えて、創造できると思うだよね。

プラモデルを作ったり、ファミコンをする遊びは、ルールやゴールが決められているので、創造力がその範囲内でしか発揮できないよね。その人が大人になって、そのルールを越えてものを考えられる?ゴールがないのに、がんばれたりする?」

例えば、今の複雑な現代社会。

何かトラブルがあったり、自分の将来を決めなきゃいけない時に、社会の限られたルール内でしか創造力が発揮できないのと、もっと大きな自然の中で創造力を羽ばたかせて創造するのでは、当然、違ってきますね!?自分の子供の頃からの思考の癖が、発想を狭めてしまう。

社会のルールを変えるのに、社会のルール内でしか考えていなかったら、アイデアを思い浮かぶはずが無いですね・・。

今の日本では、都会育ちの方が多いので、僕と同じような境遇の方も多いはず。

「都会育ちで、がちがちの社会に縛られて、起業しちゃったけど、子供の頃の過去は変えられないし・・。会社でめちゃつらいけど、乗り越えられない・・昔から狭い考え方しかしていないしな・・。」

とか考えている方でも、大丈夫です。

今日から意識を遠くに飛ばしましょう。僕もそうします。

「自分の創造の範囲は、社会的なシステムやゴールに縛られているのではないか」、とか、「もっと、スクラッチから考えたり、社会から離れて、アイデアを抽出するべきではないか」、そんな心構えがあれば、あなたはまだ、地方育ちに間にあいます(きっと)!

人の意識は宇宙を越える!過去を越えると思いますよ(信じます)!

2016年2月11日木曜日

ネット動画にデビュー・・ひゅーひゅー!


ちょっと昭和っぽい、ネット動画に出させていただきました・・。

はずかしーーと言いながら、

これをブログでシェアするなんて、自分は、自己愛が強い・・とあらためて・・。

すみません、お付きあいください・・。

ペタちゃんとペコちゃんに押されています・・。









ペタちゃん、ペコちゃん、撮影いただいたブルーホールディングさん、ありがとうございました!



2016年1月13日水曜日

2016年になりました!


ジャックラッセル・テリアのMAX
お友達のマルくんとゴルフボール遊び

みなさま、明けましておめでとうございます。

今年は、申年で動きが多い年とも言われていますね。

自分は、新しいことを始める準備の年ではないかという予感がしています。少し今までの目標とは異なる目標を見つけたいと感じているようです。

もちろん、九州、宮崎での自分のやりがい、任務、使命は、引き続き、かわらないのですが、少しテイストを変えていきたい。今まで以上に大きな夢や目標を見るべきではないか、そんなことを自身のプレッシャーとして感じています。

僕は、他人が自分をどうこう言った場合、言われたその日と次の日の朝は、傷ついて、くよくよ気にしているのですが、1週間経つと、結構、忘れてしまう、そんなタイプです。

ですが、自分が自分に対して、「自分はこうあるべきなんじゃないだろうか」という内なる問いかけは、時間が経っても、いつまでも消えないものです。。

これは、どんなに仕事をしても、この内なる問いかけの事項に取り組まないと、満足感が得られません。やっかいなものです。でも、いわゆる、成功者は、この内なる問いかけに、しっかり向き合って、ことを成し遂げたのでしょう。あやかりたい・・。やらなきゃいかんのかな・・。

昨年は、散歩よんぽの更新が、少なくなっていましたが、それにもかかわらず、また、このページに来ていただき、ありがとうございます。今年は、うまく、ブログを更新できればと思います。

更新しない日が続くと、かえって、更新しにくくなりますね。気をつけます。

いろいろ書きたいことがあるので、ダイジェストで。

★瞬間的に意識を切り替えることができる自分になりたい

一つの目標に対して、猪突猛進で、意識を集中して、自分の時間の大部分をさいて、自分の使命を果たすことは何より重要ですね。特に、他人のためであればなおさら。しかし、自分の人生のライフタイムは、それだけで終わるのか?と考えると寂しい面もあるかと。

自分の人生という大きな枠があって、その中には、もちろん仕事を通して、使命を果たすことも重要ですが、人生を楽しむことも、当然大切。そんな人生でなければ、逆に、自分の使命も果たせる時間に集中できないようにも思えます。仲間と楽しく騒いだり、飲んだり。好きな本や映画を思いっきり楽しむ。家族とゆっくり旅行にいく。使命を果たす人生と、楽しみのある人生の両方ある人生は、当然、人間が広がります。

このためには、意識を瞬間的に切り替えられる能力が大切ではないかと思います。

時間がない、のではなく、意識を切り替えられていない自分がいるだけ。

意識を切り替えられれば、画一的な世界ではなく、もっと人生は、奥行きのある、深いものに感じられる・・・。そのようになりたい・・。

★向き合う重要性

最近、仕事に対して、最も必要なことは、何よりも、その事象に向き合う意志と姿勢だなあ、とあらためて。その仕事に対する知識や技術も、もちろん大事ですが、どんなに知識があっても、正面から向き合う意志&覚悟がなくては、すぐに相手は、真剣にこちらが受けていないと気づき、離れていってしまうな、と思います。なによりも、まっすぐ向き合う勇気が必要。

★アナログ的に考えることが大事かな

パソコンやインターネットの普及で、デジタルな世の中が展開していますが、やはり、世の中は、アナログで判断すべき事項が多いはずではないかと思います。

つまり、世の中の事象は、白か黒かの2社択一で判断できるのもは少なく、ある程度、白で、ある程度、黒、実際には、グレーと判断すべき事象が多いはず。しかし、世の中が不安定になってきていたり、スピード優先で人の話をゆっくり聞かない社会になっているため、2社択一で判断したい欲求が生まれてきているように感じます。もっと世の中は定量的であるという心構えを持たないと、人生の奥行きを感じられなくなるなと、自分に危機感をもっています・・。


★その情報を入れられない自分がいる

世の中は情報に溢れていますが、その情報を受けられるか否かは、自分自身です。自分の受信機能がしっかり動いていないと、その情報を自分のために利用することは出来ません。あたりまえ!?

なので、常に、固定観念というフィルターを入れずに、純粋に、その情報を入れる、または感じることが重要です。そうすれば、新しい発見をみつけるのも容易?


以前に比べて、内容がわかりにくくなったことは、自分でも自覚していますが、わかりやすくなるように心がけますので、お付き合いくださーい。

今年もよろしくお願いします。

2015年10月13日火曜日

行動の選択

僕は、寄付をするという習慣がほとんどないです。

赤い羽根募金も付き合いぐらいの感覚で、結構、冷たい人間だなと。なんでかなと思っていたのですが、根本的な日本人の意識があると教えてもらいました。

日本は、中流階級が多く格差が小さいから、富裕層と貧困層の認識が甘く(実際にはあると思いますが)、自分が富裕層で、他人に施しをするべきという意識が少ない。また、日本は宗教国ではないので、救うという意識が小さい。貧困は本人が努力していないからだという思い込みが大きい、ということ。

先日見た「Living On one doller」という映画では、米国人の学生が1日1ドル以下で生活する地域に移住して実際に1日1ドル以下で生活するドキュメント映画。

1日1ドル以下で8人家族を養うグアテマラの家庭が、主人公の米国人に食事を招待したり、隣人の妻の治療費を負担してあげるシーンが感動的でした。

環境がどんな状況でも、行動の選択はその人間にある、この言葉は、フランクルの「夜と霧」から教わりましたが、改めて意識しました。

どんなに貧困であっても、他人に愛情(施し)を与えることはできる。

自分が富裕だから、寄付をしよう、自分が富裕ではないから、寄付はやめよう、こんな考え方は誤っているのかもしれません。

マズローの5段階の欲求の階層で、どの階層の欲求を望んでいるかによって、その人がどんな人間かわかると教えてもらいました。

将来の仕事や、自己実現、社会的役割の実現などに悩む自分は上の階層にいると思います。上の階層の欲求を求める者は、下の階層の者を理解し難い。自分の場合は、その階層の階段を、生まれながらにして与えられた社会(平和で経済的豊かな日本の社会)が越えてくれたところが大きいと思います。しかし、自分の中で、下の階層にいる人は、その個人が努力していないから、まだ、そのレベルなんだという意識が、深いところに、あるように思います。

その人が努力しても、その状態を変えられないほど、困難な運命がある。その困難な運命でありながらも、お腹をすかせながら、隣の人に自分のパンを渡す・・。それは、その人の選択。

自分は、腹をすかせた時に、パンを渡すことができるのだろうか。行動の選択は、人間に残されていることを、忘れないようにしたい。

2015年8月8日土曜日

60歳を越えても

写真左が上田社長。真ん中が発明家の浜元さん。

宮崎県の延岡市に、老舗のお菓子屋さんがあります。「破れ饅頭」という東京のKINOKUNIYAでも販売されている”虎屋さん“です。延岡の伝統的な文化や歴史をお菓子という形で日本中に発信されています。

ここの上田社長から「TV放送された発明家の浜元さんは幼なじみだと思うので会いたいです」と連絡がありました。

浜元さんは自転車のイノベーションの発明家で先日「世界一の九州がはじまる」で放送された発明家です。

2人は中学の同級生で、45年ぶりの再会。2人とも60を越えても変わらずイノベーションへの挑戦です。

上田社長「小木さん、挑戦者が必ず得られるものって、知っている?」

小木「え、喜びとかですか?」

上田社長「応援者だよ。一人で出来ないことがわかっているからね。スポーツマンもよく、優勝するので、応援よろしくお願いしますって言うでしょ。一人で優勝できないって、知ってるんだ。」

いいこと言うよね、おじさま達。素敵な再会でした!

2015年7月21日火曜日

宮古島工業高校で知財の授業をさせていただきました!

宮古島から伊良部島への海上の橋で、伊良部大橋といいます!

はじめての、宮古島上陸!

思った以上に平地で、山が全くなく、屋久島のようなジャングルとは対照的でした。伊良部大橋から島の端から端までみえたのですがほとんど、高低差がなくて・・。

島はのんびりしていました。

そんな中、宮古島工業高校へ・・。高校生、のんびりな島とは対照的で、元気いっぱい!でした。

普段は、知財の授業というと、ものづくり系が多いせいか、理系の男子が相手なので、はなしはよく聞いてくれます。

しかし、今回は、生活情報科の女子の全学年対象ということで・・・まさかの女子だけ・・。
始まる前から、まあ元気!または、熟睡系でした・・。

しかし、内容では負けても、パワーでは負けたくないという思いから、熱弁!?・・ちょっと、雑な言葉になりながらも、パワー注入気味に講義を展開したところ・・。

意外に、質問がでるでる・・。

うれしい・・。

キャラクタと著作権という題名だったので、熟睡させずに、関心をもってもらうのが多少困難でしたが、宮崎のきぐるみ製作会社の着ぐるみBIZさんの話をいれたり、ミッフィーとサンリオの著作権騒動の結末が、東日本大震災で美談に終わった・・などの話で、結構、興味をもってもらったようです。

結局、ラインやフェイスブックでの、画像の扱いや、つぶやきによる著作権侵害についての質問が多かったですね。先生方からも、普段悩んでいる細かい質問があり、著作権問題の関心の高さを感じました。

また、弁理士が学校教育にお役に立てれば幸いです。

夜は、沖縄関係者と、熱く、志について語り合いました・・。

沖縄の皆さん、ありがとうございました!

さっぱりめの泡盛でした!