2010年10月17日日曜日

知識創造型の知財部門















東京の六本木にある「政策研究大学院大学」へ行ってきました。

「知財マネジメント入門」などの著者で、文科省の総括主任研究官である、米山茂美先生の「知財機能・組織の変化」というセミナがあり、訪問。

企業の知財部の今後のあり方や、事業部、開発部、知財部の三位一体の知財について、現在、多くの企業が実現できないのは、なぜか?という問いに対して、具体的な提案をされていました。

共感できるところが非常に多く、日々の業務の中で、これからの知財部って、こういう仕事をすべきではないかなと、漠然と感じていたことを、先生が見事に、抽出されている気がしました。

ご指摘では、知財部は、現在の受動的な部署ではなく、知財部が、積極的に、事業競争で勝ち抜くためのシナリオを作ろう!というご提案でした。

実際、知財部は、残念ながら、事業部、開発部から、あまり相手にされていない、というのが、現状なのかと感じます。そのため、もっとも情報を集めなければならない部署であるにもかかわらず、事業部、開発部から、まったく、情報が集められないという状況が発生し、三位一体の知財ができないと感じていました。
これに対し、情報は発信するこころに、集まってくる原則から、知財が、事業部、開発部に有用な情報を発信することで、自然と情報が集まり、いい循環が生まれることを提案されていました。ここで、集まってきた情報に対して、事業戦略のシナリオを作成して、事業提案、もしくは、事業の休止を提案すべき、というご指摘。

先生のご指摘では、大企業の話が主でしたので、これを、中小企業にあてはめてみますと・・・。当然、中小企業においても、知財部が自らの情報発信から、新たな情報を獲得して、会社へのシナリオ提案という観点は、大いにあてはまるかと考えます。

加えて、中小企業では、事業戦略が社長の権原で多く決定されているという側面に、この知財部の役割が、影響を与えるように思います。

中小企業の事業戦略は、多くが社長の権原で決定されており、誰もそれをとめられないことが、頻繁にあるように思います。この場合に、社長自身も、事業戦略の決定において、社内の誰かに、その決定は、違うのかもしれない、と指摘をしてほしいと思われている場合も多いのかと思います。

つまり、ある事業について、なんらかの事情で社長が、本音ではやめたいと思っていても、従業員や部下との社内の人的な関係などで、その事業をやめる事が指摘できないとします。
この際に、知財部が客観的なデータに基づいて、その事業は辞めたほうが、会社のためになることを、経営陣に指摘することが考えられます。
このように、事業の推進、休止などを提案する仕事は、今までは、経営陣と呼ばれる人がやるべき仕事でした。例えば、取締役や執行役員などが、このようなことを行うと考えられていたと思います。
しかし、現実としては、中小企業では、彼らは、社内の人的関係において、事業の推進、休止を、社長に指摘できないことが多々あり、それが、企業の決定的な判断ミスを招くということも多くあるように感じます。

そこで、知財がある意味、社長を取り締まる役回りとして、コア技術や、競合他社の研究状況等のデータに基づいて、人的なつながりを排除した、事業提案、休止を提案していくことが、社内の健全化に、知財部が役立つことかと考えられます。

そこまでくれば、知財部自体が、会社のコアとなりますね。
こんな知財部にしていけると、知財の未来は、明るいのかな。

(政策研究大学院大学は、六本木の奥地にありますが、大変、新しく、きれいな学校でした。黒人の方もいらして、グローバルな雰囲気でした。)

2010年9月19日日曜日

サービスのイノベーションの保護は、特許なのか?














オフィスグリコの“仕組み”は、特許になっているんです。

オフィスグリコというのは、グリコのサービスでして、会社の喫茶室などに、ひっそりと、グリコのお菓子を入れたボックスを置いておき、お菓子を取る人は、1つにつき、100円を支払うというものです。

似たようなもので、農家でみかけるのが、野菜を持って行ってもいいけど、100円を箱に入れてね・・というモデルがありますよね。これは、野菜を購入する村人が、良心的であるという前提からスタートしているビジネスですね。でも、お金を入れずに、野菜を持っていく人も、いるはず。世知辛い今日になっているにもかかわらず、このモデルを、いまだに見かけるのは、なぜか?

おそらく、この方法で販売している農家は、この販売で生計を立てているわけではなく、むしろ、野菜をつくりすぎたから、無料でも良いから、分けたい・・という考えなのでしょう。むしろ、お金を入れてくれれば、それはそれで、ありがたいし、無料だと、気持ち悪くて、誰も持っていかないし・・という考え方なのでしょうね。

グリコは、営利を目的とした法人ですから、こんな農家のように、流暢なことはいっていられないですよね。つまり、お菓子を持っていく人は、ほとんどの人が、お金を支払っていただかなくてはいけません。

オフィスグリコは、置き場所に工夫があったということですよね。
オフィスという、通常、社会的な規律を守る場においては自制が働きますし、周りの社員の信頼を失うよりは、100円程度を支払ったほうがよいと考えるでしょう。しかも、喫茶室という場所は、お腹と相談すると、やや財布のひもが緩みやすい場ではないでしょうか。

このようにして、オフィスグリコは、サービスのイノベーションを起こして、成功した事例と言えます。

このようなサービスのイノベーションは、どのように保護されるのか?
オフィスや喫茶室の利点を考えて、オフィスにお菓子を置くというアイデアは、どう保護されるのか?

実は、このオフィスグリコのサービス、そのものは、特許になりません。

オフィスや喫茶室の特徴を分析した成果として、オフィスグリコのサービスそのものを権利化することは、できないのです。

しかし、世の中では、オフィスグリコは、特許を取得していると言われています

これは、オフィスグリコの“仕組み”が特許になっているのであって、オフィスグリコのサービスそのものは、特許になっていないのです。

特許の対象としては、サービスなどの“決め事”が、排除されます。

例えば、「マリオが、きのこを食べたら、スーパーマリオになって、クッパを倒しやすくなる」というのは、特許の対象ではありません。ただの、決め事だからです。

でも、「マリオが、きのこを食べたら、スーパーマリオになって、クッパを倒しやすくなる」ことを制御するゲーム機、は、特許の対象なのです。
つまり、決め事を制御する“仕組み”は、特許になるのです。

したがって、オフィスグリコにおいて、「どのように、オフィスにお菓子を配布して、足りなくなったお菓子をどう補充すれば、利益があがるか」は、特許の対象ではないのですが、「どのように、オフィスにお菓子を配布して、足りなくなったお菓子をどう補充すれば、利益があがるか」を制御するために、設けたデータのやりとりや、判断の制御アルゴリズム(いわゆる、サービスの仕組み)は、特許になるのです。

多くの経営者の方が、ビジネスモデルの特許は、サービスそのものが特許になると考えられていることが多いように思います。しかし、ビジネスモデルを実現する仕組みが特許となるに過ぎません。したがって、オフィスグリコの特許があっても、このビジネスモデル自体の実施が特許の侵害になるのではなく、仕組みを実施した場合に、侵害となるということです。

ビジネスモデルで特許をとると、20年、権利が保護されますから、広告効果も大きく、株主や消費者にアピールになると言い得ます。しかし、その企業の経営者も果たして、仕組みを権利化しているに過ぎないことを理解されているのか、疑問であり、過度なアピールになってしまっているようにも思えます。

とはいえ、オフィスグリコのようなイノベーションは、しっかり保護されるべきです。“仕組み“で保護できることは、現在の特許法でも認められていますから、このサービスを実施する際に、不可避となる仕組みを盛りこんで、上手な権利化を図るというのが得策でしょう。

(写真は、犬のATOMです。妻のお母様に、お作り頂きました。ウーパールーパーみたいかな?)

2010年9月4日土曜日

ソフトウェア特許の意義
















「お先に失礼します。」

他の社員が働いている中で、自分だけが早く帰るのは、どの職場でも、なかなか、難しいですよね。

役割によって、仕事の緊急度合いも違いますし、なにより、本人がすっきり、明日も頑張るためには、早めの帰宅は、大切でしょう。

最近、流行のドラッカーでも、真摯さ、が大事だと言われています。真摯さとは、それに向きあう、ひたむきな思いと行動だと、私は、理解しています。そうすると、早く仕事を止めることは、真摯さが足りないのではないか、と思われる可能性もありますね。

ひたむきな努力に対して、ご褒美を与える制度の一つとして、特許制度があります。

特許の意義は、ひたむきな努力による研究開発の成果を、世の中に公開することで、その代償として、独占的な権利が付与されるという趣旨です。

じゃあ、ひたむきな努力による研究開発をしていなければ、特許を付与する意義がないか。

ソフトウェア特許は、「ひらめき」が特許になる傾向があり、いわゆる、研究開発部が研究開発を専用の仕事として、時間とコストをかけた成果ではないから特許を付与するのはどうかと思う、という議論があります。

例えば、知恵の輪を解くように、プログラムの独創的なアルゴリズムを生み出すエンジニアにとっては、ある課題を検討してから、3分でアルゴリズムを完成するかもしれません。

このエンジニアが、このアルゴリズムについて、特許をとりたいと望む場合、課題に対して、ひたむきな努力による研究開発の成果がはないから、社会としては、特許を与えるべきではないのではないか、とも考えられます。

「決定力を鍛える」という本で、チェスの世界チャンピオンである、ガルリ・カスパロフさんのセリフです。

「独創性というのは、努力である」、とおっしゃっています。

つまり、独創的なひらめきは、生み出すための時間やコストに関係なく努力の成果ではないかと考えられます。

なにも、研究開発部において、研究しているのみが、ひたむきな努力による研究開発ではないのではないでしょうか。

このエンジニアは、日夜、様々なプログラミングをして、アルゴリズムを研究しているからこそ、新たな課題に出会ったときに、だれも思いつかない、ひらめきが生まれるのでしょう。
そうすると、「ひらめき」は、形式的には、「ひたむきな努力」が不在のように見える場合もありますが、本課題以外の課題も検討していることで、結局、「ひたむきな努力」の成果物として、出てくるものではないか、と考えます。

ソフトウェア特許自体が、意義があるのか、については、簡単には、結論が出ませんが、形式的な研究開発がされていないからといっても、必ずしも、特許を付与する価値がないとは言い切れないのではないかと思われます。

しかし、この考え方は、発明者であるソフトウェアエンジニア達が、自らの技術の特許の保護を求める場合に、研究開発部がなくても、特許として認めるべきだ、という議論であり、発明者自らが、特許の取得を望まない場合は、当然ですが、当てはまりません。

先日、オラクルが、Androidに、java関連のアルゴリズム特許の権利行使をしました。が、これで、現在、主流のソフトウェアエンジニアが集中しているAndroidのソフトウェアエンジニア達が、オラクルに対して、嫌悪感をいだいているようです。これは同時に、現在、主流のソフトウェアエンジニア達が、ソフトウェア特許に対する嫌悪感をいだいてしまうことかもしれません。今後、発明者であるソフトウェアエンジニア自体が、他人の特許回避に対する苦労から、自らの権利の取得を望まなくなるケースも想定され、この場合は、ソフトウェア特許自体の存在意義は、失われていくかもしれません。

しかし、そもそも特許という独占排他権がないほうが、ソフトウェア業界として、望ましい形である、ということも、考えられます。

ソフトウェア特許が、ソフトウェアエンジニアやソフトウェア企業にとって、真に意味があるものなのか、今後の動きに注目していきたいです。

(写真は、奥日光の丸沼ダムというところです。ダムの麓のハイキングコースに、渡船があり、沼を周遊できます。沼は、周囲の緑を鏡のように写し、とても静かで、人と全く出会いませんでした。。)

2010年8月16日月曜日

トイレは友達














久し振りにあった、友人と遅くまで飲み、時計は、0:00をまわっていました。既に、家までのバスがないので、歩いて家に帰ることを決意。駅の改札を出ました。

そのとき、ふと、肩をたたかれる。 

いや、おれ、別に痴漢とかしていないし、なんで、ここで、肩叩かれるの、ケンカ、うられている?

と、ふりむくと・・。

近所に住んでいる、営業のマネージャさんでした。もともと、機会があれば、ゆっくり話したいということで、明日も休日、迷わず、二人で飲み屋さんへ。

普段、忙しい彼は、私とゆっくり話す時間もないのですが、会社の話やら、マラソンの話やらで、お酒も時間も、どんどん進みました(あとで、レシートを見たら、ちょうど徳利10本)。。 あれよと、3時30分で、店も閉店。

それじゃ、次の店へ・・とふたりとも、店を出て、帰宅途中に店をさがす・・。すでに、住宅地で、朝の4:00近くにやっている店は、新聞屋さんぐらい。さまよううちに、明るくなってきました。。まあ、じゃあ、次の機会にということで、惜しみながらも、別れる。

たまには、こういうのも、楽しいなー!学生を思い出すなー。

と思いながら、ヨタ足で、家にたどり着き、ドアを開ける。

もちろん、妻も、犬のATOMも、カンカンだ。

ただいまー。  

シーン。反応なし。

おやすみー。

シーン。

7時頃。

うげ、うげ、うげ、頭イター。

四つん這いで、水道に・・でも、だとりつかず。

水をいただけますでしょうか、と妻に物乞い。

そして、熟睡。
(妻は運良く、外出。)

12時頃。
トイレ、トイレ。だだだ・・。

トイレって、友達だなー。

すみません、これ以上は、記載ができません。

犬のATOMには、一部始終を見られてしまいました。

たまに、予想外に、夜を明かす友人は、大切ですよね!

ですが、二日酔いは、思ったより、若い時ほど、乗り越えられず。

反省、いたします。情けない。。その後、トイレの掃除。

(写真は、1年前のATOMです。今は、もっと生意気になりました。)

2010年8月9日月曜日

ビジネスモデルの網



















事業戦略と知的財産マネジメント」という本が、発明協会から出ました。

この本のシリーズは、今まで、特許や意匠などの知的財産法を、高校生などの初心者向けに説明した解説書でした。しかし、この号は、今までとは全く緊張感が異なり、このままじゃ、日本は、世界においていかれるよ、というメッセージが伝わってきます。ビジネスモデルの勉強としては、非常に参考になるのではないでしょうか。しかも、858円でお買い得。

この本の主たる著者である、妹尾先生が、先日、「最近は、経営のコンサルタントが、私にビジネスモデルについて、教えてほしいと、訪ねてくる」と、おっしゃっていました。
現状、世界のビジネスモデルが複雑化しているため、過去の、あるビジネスモデルで経営コンサルタントをしていても、他のビジネスモデルを取り扱えないと、もはや、経営コンサルタントとして、商売ができないということのようです。

従来は、知財マネジメントは、経営マネジメントと分離していました。
しかし、三位一体の知財マネジメントが提唱されて、結局、知財が先行して、経営戦略、事業戦略を行うという流れから、知財が、会社に最適なビジネスモデルを検討する・・という役回りになってきました。

ですから、世の中の複雑なビジネスモデルを知るには、知財マネジメントを知ればよい・・ということになります。

例えば、インテルインサイド!は、どうやって、お金儲けしたか?が書かれています。

ものすごく、単純化して説明しますと、コアとなるCPU(コンピュータの処理部)の部分は、ブラックBOX化して、インテル社しか作れないようにする。そして、そのCPUの周辺のインターフェースの部分(CPUに情報を入力したり、出力するところ)を、オープン化したり、標準化する。このインターフェースの部分は、オープン化されているので、台湾などのメーカが安く部品を提供して、広く普及する。この普及が、AMD等の競合会社を追い抜く程度に、すすむ。しかし、CPUは、インテルしか作れないから、台湾のメーカの部品を使っても、インテルのCPUを必ず使用する。これにより、インテルは、普及+コア技術により、大儲け。 といった感じです。

いやー、頭いいですよね。

入口は、広いから、みんな入っていくけど、出口から出るまでには、必ず、自社の製品を買わせてしまう、という感じですね。

このように、入口は、フレンドリーな顔をして、誰でも入れるようにして、出口までには、実は、ちょっと儲けていまーす、というビジネスモデルは、結構、流行っているような気がします。

Amazonって、僕ら自身よりも、僕らが買った本や、商品のことを覚えていますし、僕ら自身が気づかないぐらい適切な新商品の紹介をしてくれますよね。

つまり、僕らの脳みその一部が、すでに、Amazonの中にあるようなものでして、商品のレコメンド機能が便利ですから、商品の購入段階で、非常に入りやすい入口があります。そうしますと、他社と商品の価格を比べて、お店を選んで購入・・という今までの購買方法ではなくて、僕のことをよく知っているAmazonが推薦するなら、本を買ったほうがいいと思う・・・ということも起こっているように思います。これが、他社との、ものさしが大きくすり替えられた差別化になるのでしょう。

これからのビジネスモデル、ひょっとしたら、騙し合いのような感じもしています。
でも、インテルにしても、Amazonにしても、消費者はハッピーですから、幸せに騙されている??

日本の企業も何か世界にしかけてみたいですね。

(写真は、大昔、プーケットの海に潜ったものです。あまりに猛暑ですので、こんなことしたいな・・と思いまして。)

2010年7月31日土曜日

日本人のコアとなるもの



















3月に、外国人看護師の試験で、3人が合格したというニュースがありました。
3人が少ないというのは、言うまでもありませんが、試験を受けて、不合格であったフィリピンの方のセリフが印象的でした。

「不合格であったのは、自分の責任ですが、看護自体の技術が日本でそれほど高くないことに勉強中に驚きました。」という趣旨の内容でした。

私は、日本の医学は、世界的なレベルなのだと思っていたので、当然、看護も世界的なレベルなのだろう・・だから、東アジアの外国人合格者の割合が低いのかな・・・と思っていたので、この発言は驚きました。

どうやら、フィリピンでは、国家的に看護に力を入れていて、数多くの看護師を世界に排出しているようです。日本でもフィリピンパブが成功しているように、女性が労働に積極的で、そのフィリピン人女性の特徴を活かして、フィリピン政府は、国家的に看護に力を入れたと思われます。このように国家戦略で看護に立ち向かっている国と、グローバルな視点で、看護のレベルを比較したときに、日本は必ずしも高くないのだろう、と想像しました。そして、単なる日本語の壁と呼ばれる権益で、残念ながら、優秀な外国人雇用の参入障壁を形成しているのだと思われます。

東アジアの国々は、我々が思う以上に、高度な技術を備えはじめているのでしょう。彼らの、世界から学習しようとする、謙虚さでは、日本が負けてしまうかもしれません。また、慣れない日本語を勉強して、専門性のある資格に合格するハングリー精神も、負けそうです。

これからの日本を考えると、ちょっと、心配ですよね。

企業の知財を考えるとき、その会社のコア(強み)となるものは何か?という、議論になります。

たいていの会社は、競合会社が多数ありますので、その会社が伸びた根本的な理由となるもの、例えば、販売している製品の技術的な優位性であったり、製品を 完成するスピードだったり、サービスの独自性だったり、営業手法だったり・・、このような会社のコアがあるはずです。

この会社のコアが、技術的な優位性である場合は、特許をとって、その製品を独占して販売する権利を得ることができます。

デザインが、コアであれば、意匠をとって、そのデザインを独占することができます。

この“会社のコア”は、会社の設立時に、コア自体を意識することは、あまり、ないような気がします。
つまり、会社を起こすために、コアを何にするか考えて、会社を始めるのではなく、例えば、技術的な優位性がある製品を作ったから、会社を起こして、事業を 成功にする・・。会社の成功を、あとで振り返ると、製品の技術的優位性が、競合を抑えて、よく売れたんだ・・という流れですね。

会社のコアについて、経営者が意識するタイミングは、先のコアが事業で成功して、次の一手を考えるタイミングあたりだと思います。

コアを考えるヒントとして、もちろん、その会社の今までの成果を分析することも大事ですが、我々が、日本人であるという側面からコアを分析するというのも 面白いかと思います。

つまり、会社を構成するのは、社員であり、社員は日本人であるから、日本人であるという特徴が、会社のコアに出てきているのではないか、という発想です。

日本人の、きめ細かさ、誠実、謙虚さ、完璧主義の特徴は、日本の電気メーカや、自動車会社の世界的な成功に表されているように思います。つまり、これらの特徴を活かして、会社のコアとなる、技術的優位性で、競合に勝負するという発想です。

しかし、今、会社のコアを考えるにあたり、現在も、日本人の、きめ細かさ、誠実、謙虚さ、完璧主義、という特徴から、技術的特徴のみを会社のコアにしていくことは、単純 には、妥当ではないように思います。

つまり、先の看護師のエピソードのように、他のアジアの方も、同様に、きめ細かさ、誠実、謙虚さ、完璧主義を備えており、世界の技術的レベルがそこまで来ており、ひょっとすると、日本の技術を過信しているおそれがあるのではないかと思います。

また、日本人の特徴を考える際には、我々の親父の世代である、“昔の日本人”の特徴ではなく、“今の僕らの日本人”の特徴を見なくてはいけません。

僕らの特徴が、きめ細かさ、誠実、謙虚さ、完璧主義にあると思えますか?

そして、そのきめ細かさ、誠実、謙虚さは、フィリピン人看護師に負けていないですか?

いや、正直、僕は、負けているかもしれません。

すなわち、この日本人の特徴は、もはやグローバルなコア(強み)にならない可能性が高いのではないでしょうか。

それで負けているとしたら、僕らは、何で戦うべきなのか?

これに対する明確な答えがないから、今、日本の不況が長く、続いているのかもしれませんね。

(写真は、何年か前の8月の戦場ヶ原の白樺です。今もこんな感じかを想像して・・。)

2010年7月26日月曜日

「もしドラ」オススメ本です。















今さら、ちょっと遅いけど・・、と思いながら読み始めました。

最後のクライマックスでは、行きの通勤電車で、一人で、おえつ・・していました。。

泣けます。。単純な話なのに。。

小説形式になっていまして、女子高生のマネージャーが高校球児と、監督である学校の先生をまきこんで、甲子園を目指すありがちなストーリー。

登場人物が作り出す、最初の野球部の雰囲気が、会社や学校など、どこかで出会ったことがあるような雰囲気で、自分と重ねあわせてしまう。つまり、周りの人は、基本的には、いわゆる「いい人」で、悪い人ではないんだけど、ちょっと癖があったり、臆病だったりする。そのため、集団の雰囲気は、とても、甲子園のように大舞台を目指せる雰囲気ではない。

これらの人を、まとめて、どう一つの目標に向かっていくのか?

最初は、さすがに、ドラッカーの教えを素直に、ご教示いただくところありますが、そもそも、ドラッカーって、難しくて、良くわからないんですよね(すみません、以前、私は、眠くなってしまい、全く価値がわかりませんでした)。
だいたい、こういう本は、一度読んだだけでは、よくわからなくて、自分が人生において、同じような境遇に来たときに、ああ、そうだな・・と振りかえって、価値がわかる・・みたいに、結構、時間をかけないと、理解出来ないことが多いですね。

この本は、違いました。

例えば、「企業の目的を考えることは重要である」、「顧客は誰か?こそ、企業の使命を考えるうちで、最も大事な問いである」と言うような・・非常に抽象的な命題・・。こまりますよね。。

主人公は、当然、「野球部の使命って、何?」とか、「“顧客”って、野球においては、誰なの?」という難題にぶちあたります。

彼女も、顧客が、野球を見に来るお客さんではないことは理解します。

この答えを、考え続ける彼女は、部員と話していて、「野球部にとって、顧客とは、“野球部員”である」、ということを発見します。そして、野球部の使命とは、「野球によって、見ている人に感動を与えること」ではないか、という結論に達します。

すごいですよね。この解釈力。

普通、あきらめると思いません?野球部の使命を考えたり、顧客をあてはめるために、野球部にとっての顧客とか、考えるのって?

というわけで、最初のうちは、ちょっと勉強モードですが、慣れてくると、ドラッカーが当たり前になり、甲子園を目指して、試合を進めるあたりは、涙で、ぐしゃぐしゃになるでしょう。。

なぜなら、彼らの使命は、「感動を与える」ということですから・・読者である我々も、感動が大いに与えられてしまいます。。

私は、・・朝の行きの電車で、ぐしゃぐしゃになっていました。。

モチベーションを上げたい方に、おすすめ本(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」)です。

2010年7月17日土曜日

「ゲゲゲの女房」より(その2)



















連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」では、水木しげるさんが、ついに、メジャーデビューを果たし、大手の出版社で、週刊連載することになりました。遅い46歳のメジャーデビューということです。

この大手の連載について、これまで、赤字経営の貸本雑誌出版社として、原稿を依頼していた編集長は、「メジャーデビューは、大変、喜ばしい。水木漫画は、もっと、子供達に読まれるべき・・。」との喜び。

これに対して、編集長の秘書は、

「このデビューで、水木先生は、原稿料の違いから、貸本漫画を書いてくれなくなる。今度、連載する「墓場の鬼太郎」は、水木先生がうちの雑誌で出していたのに、もっていかれてしまう。今まで、うちが育ててきたのに・・。社長、だからうちは、赤字経営なのですよ!」と指摘します。

いわゆる、出版権の問題です。

キャラクターそのものは、著作物にならないので、「鬼太郎」に著作物性は、ありません。
したがって、「墓場鬼太郎」のシリーズ、そのものを、貸本漫画出版社は、保護することができません。

一般的には、このような場合、出版社は、漫画家と、「他の出版社で、このシリーズの出版を行わない」という契約を行うことで、シリーズ物を他の出版社で出版させません。しかし、ドラマのような赤字の貸本漫画出版社では、そこまで、契約に力を入れていたとも考えにくい。

ドラマでは、そのような、ビジネス上のやりとりは、特になく、ただ、ただ、貸本雑誌出版社の編集長は、「メジャーデビューは、喜ばしいことだよ」として、水木しげるさんの成果を喜ぶ。

この社長は、ただの「おひとよし」でしょうか?



この編集長は、もともと漫画に対する情熱が高いため、漫画の編集長になったと思います。

そうだとしたら、自分が、まだ売れていないときに、才能をみこんだ漫画家が、世の中に才能を認められて、大きな漫画家になるとしたら、自身のビジネスを超えて、どんなに嬉しいことか、と思うでしょう。


先日、「お金だけをおっかける夢なんて、つまらん」という、お言葉を、とある経営者の方から頂きました。


「漫画を通して、人を育てる夢」があって、その一部に、ビジネスがある。というのが、編集長のポリシかもしれません。

まず、夢があって、道具としてのビジネス。

今の時代でも、できるのでしょうか?

見つけたいですね。

2010年7月3日土曜日

ハードウェアの幻想


「アニメの殿堂」の建設って、どうしたんでしょうかね?

最近、聞きませんね。。

国や地方のお役人さんが公共工事をするために、新しい建物を建てることは、だいぶ減ってきたと信じたいです。ですが、一般的に、何か新しい組織、団体、集まりを作るときに、まず、建物から・・というハードウェア主導の思想は、ある意味、自然な考え方だと思います。

ハードウェア主導の思想は、人は、継続して目に入るものでないと、その対象を継続的に、意識し続けられない、という習性から、生じるのではないかと思います。

ここで、その新しい組織の質を評価するときに、東京の一等地に、ガラス張りで日当たりのよい高層ビルにコストをかけて、入館式をやれば、とても良い組織ができたと思い込んでしまいますね。。確か、消費者庁なんかも問題になりました。

もちろん、「建物」というハードウェアを離れた、組織の質を評価する必要があります。

最近では、ネットショッピングなどのネット系のサービス会社は、「会社の建物」が立派でなくても、「ホームページ」が立派な場合があります。IT系のビジネスでは、「ホームページ」という、言わば、「ハードウェア」が最もらしければ、会社の質が高かったり、信頼があると判断されるように思います。

しかし、評価されるべき会社とは、たとえ、ホームページが流行の見た目でなくても、来客いただいた顧客に、社員がすすんで挨拶をするような組織かもしれません。
つまり、その組織を構成する「人」が、社会的に、道徳的に、評価される行動を、その組織にいて、自然ととれることが、組織の評価軸かもしれません。例えば、挨拶で、、、例えば、メールの文章で、、例えば、請求書の項目で、、評価されるときです。

「建物」や「ホームページ」は、その組織を構成する人を、具現化する一つの手段でしかないはず。

それでは、組織の質は、どうやったら捉えられるか?

その組織を構成する人と、お酒を飲むことかもしれませんね。

(写真は、徳島にある、大塚国際美術館です。この「最後の審判」は、陶器で出来ています。夏休みにおすすめのスポットです。偶像崇拝も、ある意味、ハードウェア主導の考え方かと思ったので。)

2010年6月28日月曜日

そこには、何もないのに


ATOM(写真のジャックラッセルテリア)の散歩の帰り道は、大変です。

散歩の行きは、余裕です。

これから始まる楽しいことで、頭がいっぱい。
今日は、どんなお友達に会えるかなー。

グランドに着くと、お友達に、こんにちは。
グランド中を一緒に走りまわったり、じゃれあったり。

今日も、楽しかったね、と、お友達に、さようならをして・・。

家路につくと・・。

まず、きっちり、おすわりをします。
つまり、全く歩きません。

帰りたくないー!という、強力なオーラが出て、お座りをして、固まる。。

強引に、リードを引っ張ると・・。

しかたなしに、後ろをついてくる・・。

しばらくすると、そっちじゃないでしょ、と言わんばかりに、僕の足首を噛む。。

痛い。。しかも、歩きにくい。

ATOM!

もう、お友達もグランドにいないんだから、もどっても遊べないんだからね。

仕方なく、ついてくるATOM。。



そう、なんです。

もう、グランドに戻っても、お友達がいないから、遊べないんです。

でも、グランドに戻りたい、ATOM。


ATOMは、おろか、人でもそうですよね。

例えば、面白いテレビ番組を見たあとに、次も面白いと思って、だらだら、引き続き見てしまう。もう、面白い番組は終わったのに。

もう、そのビジネスモデルでは、儲けられないのに、昔、儲けたモデルにしがみつく・・。そこには、もう、何もないのに。。

2009年では、特許庁の発表によりますと、国内の特許出願数が、この20年で最低の出願数になりました。私は、10年後には、今の出願数(約40万件)の半分になるぐらいが、正常化しているのではないかと思っています。

残念ながら、今の日本では、社会的に意義がある特許が、年間40万件も生めるほどの、豊かなアイデアと、明るい社会では、ないと思います。つまり、無駄な特許出願が、まだまだ、多いのではないかと思っています。
40万件も、良いアイデアが出る国であれば、特許に限らず、政治であっても、事業においても、いろいろな分野で、グローバルの舞台で、日本がもっと活躍しているように思います。

このような流れの中、日本の知財のビジネスは、いつまでも特許出願数のビジネスモデルを基板としたフレームワークで良いのでしょうか?

そこには、今では、何もないのでは、ないでしょうか。

(写真は、高幡不動の山紫陽花です。お寺の周りを山散策ができるみたいです。あと2週間ぐらいが見頃かと。)